木の器

木の器、スプーンなど、手にとるとなぜか気持ちがなごむような気がするのは私だけだろうか。
写真のはアカマツで作られたシンプルな器。
角という角がなく、ほどよい厚みでまあるいお椀とお鉢を兼ねたもの。
学校給食でも使用されていて、良い加減の気遣いで毎日心置きなく使える。
子育て真っ最中のご家庭でも活躍でき、お母さんの気も楽にお子さんに
本物の良さと気の温もりを感じてもらえる逸品。保育園で、両方の手で抱えて唇をあてている時の子どもさんの笑顔が忘れられない。
情操教育にひと役もふた役もかうことだろう。壊して、壊れてみて初めて
大切にすることを知る、、。どうぞ、その時は必要以上に叱らないで。

「これ、私いただいんですよ~。家では父の食事用に使っていました。
父も喜んで使っていました。」
「じゃ、今も?」
「いいえ、亡くなりました、、。だから仏壇には父が気に入っていた
この木の器であげているんです。」と。

そう、木のものは、家庭や子供だけでなく、お年寄りも、病気療養中の方も、
心を病む人ににも、使っていただけたらとずっと思って来た。
病院や施設で使用出来るように出来ないものだろうか。

私も40代で大きな病を経験した。気づいたら私の病室にはたくさんの木のモノが集まっていたことを思い出す。

s-IMG_4262木の器

捨てられなくて

前回の譲り受けた着物 の続きとしてそのあとに思いだしたことを書きます。

とある会場でのこと。

「新聞で見て来ました。
家に頂き物で、使いきれないで、かといって下さった方に悪くて処分もできず、置いたままになっている津軽塗があるの。あなたのような方だったら、良さも解って下さるし、使ってくれませんか。持って来ますから」

と声をかけて来た初めてのお客様がいました。
半信半疑で 「もったいないですね。私で良かったら」とある意味軽い気持ちで答えた翌日、本当にそのお客様は津軽塗(唐塗り)のお鉢と合わせ鏡(ななこ塗)
を持って来られたのです。

お鉢はスタッフが、合わせ鏡を使わせていただいています。

そのお客様のほっとした表情が忘れられません。

着ないで、使わないでいるものを、
良さと、その心を知って受け継いで使ってもらえる 人と巡り合わせる
橋渡し役も必要なのかもしれません、、、。

s-IMG_4259tugarunuri1

 

親から譲り受けた着物

名古屋展の会場でのこと。
70代のお客様にこんなお話を聞きました。
親から譲り受けた着物を着ないし、置く場所ももったいないしと、捨てることを決心してビニール袋に入れてゴミの収集場所へ持っていったそうです。
その袋を置いてこようとした時、なぜか自分の娘の顔が浮かんで、、、と
声をつまらせました。聞けば、ご自分のひとり娘さんは結婚はしていたけれど
3年前、47歳という若さでがんで亡くなってしまったのだそうです。話せば悲しくなるからとおっしゃいながら、そのお話は続きました。結婚のお相手は有名なお医者さまだったそうで、行った先で娘が恥をかかぬよう、困らぬようにと精一杯いい着物を揃えてお嫁に出した。でも、その着物がほんと悲しいことに着られることもなくそのまま親の私のところへ戻ってきてしまったの、、。娘の事を思うと今でも気が狂いそうになる、、、と涙を滲ませました。
そして、同じ親として母の気持ちを思ったらそのビニール袋は置いて来れなかった。しっかり抱いて持って帰ってきました。と話してくれました。

着ることが少なくなった日本の着物。
着物だからこそ、あたたかく心が繋がるお話が紡ぎ出されるのかもしれません。

s-IMG_4244着物1